【両利きの経営】 日本で成功事例を生み出すためには? #34

 


 長い英単語でAmbidexterityという舌を噛みそうなものがあり、日本語での直訳は、両利き、非凡な器用さ、という意味になります。最近の経営学や企業戦略上において、矛盾することを両利きで上手に行う(経営する)ということで、この英単語が「両利きの経営」と意訳されて用いられることが多くなってきました。本屋やネットでも目にするようになり、経営者の中では昨今の経営環境を踏まえて特に大事なものとして捉えるようになってきた印象があります。

 両利きの経営は、これからの時代に不可欠な考え方であるという見方をされることが多くそれには私も大賛成です。これだけ変化が激しい世の中では、現状維持だけでは生き残れず、両利きでバランスよく物事を捉えて推進していくことが必要です。右肩上がりの高度経済成長期ならいざ知らず、今の時代は常に新しい価値を生み出していかなければならない、つまりはイノベーションを起こしていかなければ勝ち残っていけません。


 イノベーションの父と言われた偉大な経済学者であるジョゼフ・シュンペーターは、「イノベーションの原点は言うまでもなく、新しい知・アイデアを生み出すことである。新しい知とは常に、既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせで生まれる」と明言しています。確かに新しいアイデアをゼロから生み出すということはほとんどなく、ニュートンでもエジソンでも自分の中にある既存の知から他の物事を見て気づきを得ているわけで、これと同様のことは他の多くの事例でも起こっています。

 認知心理学の世界にも同様の考え方があり、「人の認知には限界がある」とされていて、人は目の前で認知できるものだけを見て組み合わせるということがほぼすべての事象で当てはまるのだそうです。これを翻って企業、特に歴史が長い企業にあてはめてみると、目の前で起こっている多数のものを組み合わせた結果、既存の知と既存の知の組み合わせは相当程度やり尽くし、新しい知やアイデアは生まれにくくなっているのではないかと思います。

 早稲田大学大学院 経営管理研究科の入山章栄教授はこの両利きの経営に関して興味深い考察をされています。入山教授は、「新しいことを数多く探索する、そしてその中で儲かりそうなものを深化させる。この探索と深化こそが両利きの経営の本質である」と説いています。狭い限られた認知の中で過ごし続けるのではなく、遠出をしたり、新しい人に出会って話をしたり、自分の認知の外に出るという体験が自らの認知をさらに広げ、その広げた中で得た知と既存の知を組み合わせて新たなアイデアを生み出し、儲かりそうなところを深掘りする(深化させる)という考え方が重要というわけです。知の探索と知の深化のどちらか一方に偏るのでなく、左手で新たな情報を集めて、右手で深く掘って洗練されたものにする、非常に分かりやすい両利きの経営の考え方だと思います。


 しかしながら、両利きの経営とはバランスが良く理想的な考え方ではありますが、簡単には取り組みづらいことも理解しています。それは、一般的な企業からすれば知の探索は時間がかかり無駄に見えることが多く、知の深化に偏る傾向があるからです。会社は効率性を重視しがちで儲かっているところに資源を投入します。短期的にはこれで儲けが得られると思いますが、長期的には知の深化に偏ることで次のイノベーションが生まれずに衰退が想定されます。このような知の深化に偏ってイノベーションを逃すことを「コンピテンシー・トラップ(競争力の罠)」といって、実際に経営学の研究対象になっています。

 私が以前勤めていた会社でも、良い意味で会社の遊びの部分ともいえる新規ビジネスを開発する部署がありましたが、予算の関係上、年々その機能が縮小され、最終的には完全に既存事業の延長である儲けと連動したビジネスしか追わなくなりました。結果としてイノベーションと呼べるものは生み出されず、単なる既存事業のサポート部署の位置づけとなったことを思い出します。

 両利きの経営に関する成功・失敗のグローバルな事例として、IBMとシスコのケースがあります。IBMは新規事業の立ち上げにおいて専任担当者を充てていましたが、シスコは新規事業の担当者を既存事業と兼任にしました。結果として、IBMではいくつかの新規事業が生み出され収益貢献に至ったのに対し、シスコでは新規事業が生み出されなかったという分かりやすい事例があります。


 この両利きの経営に関しては、簡単に取組めるものではなく、どこの業界やどこの企業でも共通の課題があると言えます。それは利潤を追求しなければならない企業や組織の性質から、新規ビジネス開発に関して、予算を度外視して探索を続けること、独自の組織運営を行えるよう既存事業のチームから距離を置くことが、短期的には出来ても長期的には取組みづらいからです。しかしながら、発想を転換すれば、大手企業には既存事業が持つアセットの強みがあり、新たな機会を探索する新規事業について、会社として人と予算を投下して真剣に取り組めば、新規事業立ち上げに関してスタートアップに負けないスピードで行うことが可能になるのではないかと考えています。

 社会課題や市場ニーズを的確に把握して、自社の持っている技術やリソースを結び付けるアイデアを生み出すことのできる優秀な人材が大企業には数多くいると確信しており、このような人たちが結集し、会社としてそれを真剣に後押しすることで、イノベーションを生み深化させることができる、つまりは両利きの経営の成功事例が生まれるのではないかと考えています。知の探索と知の深化をいかに両立させられるか、日本企業の経営者や組織のリーダーがどこまで真剣にコミットできるか、そのような企業や組織が生まれることに期待したいと思います。


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